「出産方面」: 田んぼのあぜ道が果てしなく濡れてるだけの砂漠に思えた頃

2009年7月24日金曜日

田んぼのあぜ道が果てしなく濡れてるだけの砂漠に思えた頃

絶対的に断絶し
圧倒的に存在している別のもの
絶望的に大丈夫


すばらしい恋心でもって、
一瞬を信じさせてくれる恋心でもって、 
なんで生まれてきたんですか、 
そいでこんなに痛いんですか、
という 誰に向けていいかわからないナイフを忘れさせてくれる
なんか、恋心という名前のついた優しさでもって、

田んぼの脇に車を止めて、啓太君とキスしてました19歳

青い匂いが田んぼの水分から流れてきました5月頃?

好きというか恋というか、 
蛙というか鴨というか有機農法というか 
そんなこともいっさい知らん私は 

別に車でセックスもいいですよ 
あぜ道でもほら、月明かりに照らされて心地よさげ 
月は基本的に見てみぬふり派の包み込み派

セックスという名前のついた会話でもって、
昨日と今日をつぶし塗り、明日の白紙を用意する 
それが君と私の19、はたち

啓太君はその日、掛け持ちバイトの二つ目が終わった私 
12時近くにくたくたになった私を迎えにきてくれた時 
ポンコツ中古車の窓を手動であけて、 
小さいオレンジの薔薇を一輪だけくれました

「なんで」
「お疲れ祝い」 
「そんなんいやだ」

互いの違うことになってる器官をどうこうしながら、
けっきょく何がしたかったかといえば、わかりません
ただ、ああそうか 
つながることがこのままであってくれれば 
けれどもつながりきることはできないという 
喜びも悲しみも幾年月、むかつくことに多分永遠
  
それでもなんか、救われた 
それでもなんか、幸せだった

啓太君はいろいろくれた 
小さい偽物の石が入った指輪をくれた時 
なんか可愛らしいピンクの、手触りのいいケースを開けると
そこには缶ジュースのプルタブがちぎって入れられてた 
鈍いスチールの輝き、ていうか輝かないけど

「なにこれ」
「うそうそ」

啓太君はポケットから、紫色のキラキラしたのがのってる 
銀の指輪を出しました  
びっくりしていた私をにひひと笑い、 
本物は高くて買えないごめん、と言ったけど、 
それは鉱物としてどうかなだけで、 
めちゃくちゃ本物だったので、涙が出た

そんなことが重なり合って、
体が重なり合うよりも、重なったものごとが、
好きをつくっていたので、 
逆に、車でセックス的なこともいいですよ、 
と思っていたわけです

しかし肉体的ドッキング運動にはいたらず、 
車の中で啓太君の横顔を見て、声を聞きながら  
家出した家に帰るという 
想像するだけでも怖いことから一分一秒でも逃げようと、 
ていうか現実そのものから逃げようとしていた私の矢先、
  
ポンコツ車の開いた窓から、でかいこぶしが飛び込んできた 
父は柔道黒帯で、世の悪い人をまとめてぶち込むことが生業だったので 
その威力、私にはNASAくらいわかんない

啓太君は、飛突如ぶちこまれた他人のこぶしにびびっていただろう 
痛いとは言わなかったけれど、痛かったに違いない

父にとって敵、親にとって敵、 
したがって殴る相手もいつだって 私のはずだったのに 
啓太君は共犯者 
殴られても車から降りてひるまずに挨拶する 
折り目正しい共犯者

「わたし悪い人じゃないし」 
私は泣きながら、怖い父に蹴りを入れ、
しかしかすりもせず、こけそうになる 
自分の弱さにうんざりして
「なんにも、どうでも」とかわけわかんないこと言いながら 
そのままあぜ道方面に走って逃げた

父は何事か大声で叫び、家方面に向かって見えなくなる 
私は開発途中の住宅街の 
果てしなく他人事的な、へーベルハウス的な明かりをぬけて 
果てしなく続くあぜ道に入り、 草が夜露に濡れて、足にからみつき 
けっきょく、こけた

安い白のエナメルサンダルも気にいっていたし、 
古着であっても私には新しい、水色のミニスカートだって 
あと3シーズンは現役のつもりだったのに、 
泥と草と、なんかよくわかんない紐みたいなものに汚されて 
泣いた 
植えたての苗を、靴が踏みつけてて、 
緑の小さい、いのちこれからの植物と、 
何回も死んだような化学的材質のサンダルが 
ぜんぜんマッチせず、絵的にもダメな感じでいっぱいで、 
よけい泣いた

生れ落ちた回転軸の 
永遠にまわるミスマッチ 
なんでこんなに合わないの?

啓太君は泣きじゃくる私の隣に座った
「おしり濡れるよ」 
鼻水すすりながらそういっても、答えない 
怒ってるのかな もう、誰にも怒られるのは嫌だな 
啓太君でも嫌だな

しゃくりあげていると、
「とりあえず、まだ帰らなくていいし」 
「なんで」 
「帰りたいときは、一緒についてくから」

暗くて見えなかったけれども 
啓太君の頬のかたっぽには、父の痕跡が残っていて 
怖くて知りたくなかったけれども
それは私の痕跡でもあるのだから、 
手探りでさすると、啓太君の肌はぼんやり、暖かかった
それは痛みの暖かさなのだと 
私の痛みを啓太君の頬に伝染させてしまったのだと 思ったら 
また涙と鼻水が出すぎて窒息しかかる

男でも、女でも、いいんだな 
私が男でも、啓太君を好きになったかもしれない 
 
ならべつに女でもいいかもしれない 
そのときはじめて、どっちでもよくなった

啓太君と小さい古い家を借りて暮らし始め、 
クラムチャウダーを作りながら、 
給湯器が壊れてるから水が刃物レベルに冷たくてひりひりして、 
でもクラムチャウダーがあたたかかったので、 
なにもかも暖かかったので、ぐっすり眠る 
毎日毎日、ご飯を作り、たくさん話しながら食べ、 
寒い日は紅茶を飲んで眠る月日

あいかわらず、時おりセックスしちゃった 君と私の19、はたち

でもせっかくだから、もっと暖かくなればいいと思いながら 
そのよくわからないけど 
みたとこ明らかに異なる器官を使わせてもらったけれど 
えらく気持ちよかった 
シュウマイ食べてるときも、寝顔見ているときも 
見られてるの知りながら薄目のときも 
自分以外が使ったあとの、お風呂の匂い 
石鹸と汗のちょっとすっぱい匂いを嗅ぐときも 
同じくらい 気持ちよかった
 
独占したりされたりすることがセックスで 
それは向かうところ自己と他者への破壊活動なんですか
あるいは強弱
あるいは売買 
エロゴ問答の16歳はびょーんと過ぎ、 
どっちでもよくなった

濡れた田んぼのあぜ道にはいろんな種類の生き物が 
動くものも動かないものもふくめて、 
いったいなにものなのかってことも みんなどっちでもよくなった

絶対的に断絶し
圧倒的に存在している別のもの
絶望的に大丈夫

砂漠だとしても、小さな水場におたまじゃくしを放てばいいのだと 
勝手に蛙になるやつが、ゴロゴロゴロゴロうるさくても、
なにかがなにかを食べ、また食べられ、また食べられる 
私もいつか蛙かなんかに食べられる

果てしなく濡れた砂漠の上で 
泥まみれで 
なんかどこかが、 
なんかなにかが、 
ドッキングしたそんな頃 
君と私の19、はたち

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