ラベルにおいて、おやのかたき、のように並んでいるのは、
詩とはいえない言葉の羅列です。私は言葉で、世界を、把握します。
アホみたく引っ張り出すのもどうかと思ったのですが、
これらはだいたい、2年半くらい前から6年半くらい前までの間に書いた詩で、 無差別なかんじでフォルダに入っていたり、大学時代の日記の中に残っていたりするものです。
それ以前にも、膨大に書いていたのだけれど、 たとえば高校時代のなんかも大学ノートにたくさん、たくさんあるのだけれど。
大学時代という幸福で贅沢な時間に書いたものを中心に、
このブログを準備している中、羅列しました。
大雨が続く深夜、いっきに。
大雨がやまぬうちに終わらせなければならぬのだ、となにやら急いで。
いっきに並べると、読んでくださった方がつまんないのにあたって、
さらに読んでもらえないという危険性もあるのですが、まあまあ。
つまんないつまんなくない言い出したら、そもそも。
物語というのか小説を書くようになってから
こういうものを書く快感に逃げてしまいそうなので、しばらくやめてました。
でも、なんか、やっぱり好きだし、大事だし。
いろいろな感情生活がありますね。
誰にでも、交換できない特別感でいっぱいの大切なものがありますね。
いや、誰にでもと薄めるのはなんか、誰にでも失礼なんでやめときます。
泣いたり笑ったり怒ったりして、渦中の時にはなんにも書けないことになる。
書かないでも、ちゃんとご飯食べたりおしっこしたりしてるなら
それがすごくいいように思う。
書くことも忘れて生きれてるときって、いい、ように思う。
でも書かなくてもいいということと、書けないということは、
あまりに違い、あまりにも振り子なので、
その中間の時に、なんか、書いていたようです。
とってもにくたらしい事実というか実感ですが、それは変わらない気がする。
これからも書くのだったら、ブログで時折過去に書いたものを載せるより、
これから書くものを書けばいいので、いくつかを、いっき方式にしました。
言葉は、からだ。
かっこつけるからだ、うそつくからだ、寝たふりするからだ、
そんな自分に酔うからだ、そんな自分を笑うからだ。
酔って笑ってバカにして、でもけっきょくけっきょく、またも、
そのバカバカしくも美しい時間という現実っぽいものごとのなかに
偽ものか本ものかではない、誰が決めるのそんなこと、のなかに
あり、ある、ものごとのなかに飛び込んで泳ぐ、からだ。
からだ、がなくては、はじまらない。
感情的と、理屈っぽさに引き裂かれつつ、けっきょくからだ。
そしてからだが言葉がなくなったとき、ない場所に、
あるもんがある。脳みその中には残らないもうひとつのからだ。
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