あれほど、「ひらかれたヲタ」をめざそうね、と誓ったにもかかわらずです。
昨日の文学フリマに関して、私がとった行動には、色々反省すべき点があるのではないでしょうか。いや、総括すべしなのだ、そうなのだ。
仕事が終わってしばらく、「pocketパンチoh!」1969年12月号を読んで気持ちをスライドしていたのだけれど、ツィッターったら、もう。
ばんばん流れていくタイムラインに対し、ひたすらRTしまくったり、見ず知らずの参加者さんのつぶやきに返信したり、「おかんきたー!」などなど楽しそうな発言を登録したり、さりげに出身大学あかしたり、もうなにやってんだか、祭りで腕まくりして浴衣着崩しちゃうより恥ずかしい盛り上がり方、いん、ハッシュタグ、でした。
いやほんと、行ってないのに言葉と写真の羅列なのに臨場感があって、ツィッターありがとう!とさえつぶやきましたよ。おそらく「行けない」からよけいなのだと薄々わかってはいたのだけれども。
私は、「文フリRTレジスタンス」と化していたのです。(あえて抵抗しない)
しかしこれがツイッターの恐るべきところで、いざハッシュタグから出てみれば、フォローしてる方々のそれぞれの分野、生活、さまざまに、いつもと同じようで違うけれど、少なくともそんなに祭りではない日常がすすんでいるのでした。
そうです。
べつに、世界中が文学フリマをやっているわけではない。
という驚きの事実。
ああーびっくりした。中心なき世界の広大さですよ。
しかし考えるまでもなく、スペインでトマト投げつけて大騒ぎしている間に、こちらではモッツァレラチーズとトマト並べてオリーブオイルたらしてワインかたむけていたり、猛牛追いかけたり蹴り飛ばされたりしてる間に、鹿児島あたりでバスの車窓から静かな放牧牛を眺めていたりするわけです。
ハレとケに片足ずつ突っ込んだ状態から、しばし冷静さを取り戻しました。
そしておなじみ青井の本題ずれってってますよ話に進んでいきます。
けれどお断りさせてください、お詫びと共に。
このような脱線は必要なのです。俺の話を聞け2分だけでもいい、と剣さんも言っています。5分かもしれません。でもお話とは本来、複雑に入り組んでるものではありませんか(まったく論理になってません)。
さて、ひととき冷静さを取り戻した私は、いったいいつからこんな「祭り」な事に盛り上がれるようになったのだろうと思ったわけです。
学園祭とか文化祭とか「なんとか祭」と名の付くものにうろたえ、周囲が盛り上がるほどに冷めていったり、逆に孤軍奮闘して虚脱したり、祭りならずとも「球技大会」すら苦手で、学校の敷地内から逃げ出したりしていた私です。
今年の祇園祭だって、祭りで混むじゃんまいっちゃう仕事あるんですけど、とか言って交番を訪ね、交通規制ふくめた世間話をするという、なんだか斜にかまえた行為を二回もしていました。
けれど半面では阿波踊りを習得しているなど、あんまし人に言わないスキルもあり、徳島までマジでフェリーに乗って風の旅団のような集団行動をした経験もあります。
三田村邦彦が離婚後、つきものを落とすかのように踊り狂っていたのを記憶しています。
そして阿波踊りのリズムは、いまも私を高揚させるもののひとつでもあるわけです。
そう考えてみると、私の「祭り好き」ぐあいは年月を経て、阿波踊りの反復カタルシスのように、徐々に徐々に余分なものが浄化されてきたのかもしれません。みんなキラキラしてハイテンションな四月はけだるい、とかいう本質を凌駕するほどに。
でも文学フリマと阿波踊りは、ぜんぜん関係ないよね!
など頭ふってるうちに文学フリマ、トークイベントのダダ漏れ中継がはじまってしまい、再び靴下を脱いで、そっと片足を祭りに突っ込んでました。ハッシュタグ、という小さな世界に溺れながら。
ていうか、そんなんなら仕事終わってから行っちゃえばよかったじゃん!
世界の一部で、好きなものを持ち寄って、ときどき喧嘩しちゃったりしながらも、この先、を作っていこうという動きは、やっぱりステキです。来場者数が年々増えているようで、どうなっていくのかしら。
私なりに関わっていこう、ずっと好きなものに、などと思ったとき、目の前にあったのは「pocketパンチoh!」。
この本を買った古道具屋さんのご主人、40年前に好きだったものについて今も熱弁ふるうって結構すてきオヤジ、だよなぁとか。
オタクっていう言葉が出現してたぶん30年くらい。30年なんて宇宙レベルでは、今なんか目の前通った?程度でしょうが、一個人の人生にとってはかなりな時の配分です。今をとりまく新たな言葉の何が消え、何が残っていくのだろうなど、またもやズレまくりのことを考えていました。文学フリマという祭りの裏で。
さておき、破滅派売れ行き好調だったようでなによりです。
祭りの後、も続く日々、書いたり読んだりも続くのであろう。
2010年12月6日月曜日
2010年11月30日火曜日
後ろ向きのまま疾走せ。
書いてて思ったんだけど、絵的に想像すると笑えますね。
後ろ向きに疾走は。すごく早かったりするとよけい。
がばいばあちゃんは「後ろ向きでは歩きにくい」といってたそうです。やずやかなんかのCMで。
歩きにくいなら走っちゃえば。
そんなわけで私の参加する『破滅派』紙雑誌版七号、です。

早めに情報公開するから早めに告知&宣伝をすべし、という建設的な戦略ということで、WEBおよびツイッターで急いで宣伝です。疾走宣伝。早すぎると光に近づくという原理、なんかありましたよね!
内容はこちら。
12月5日の文学フリマでまず販売です。
青井は新作短編小説「「妄想風俗店」」が掲載です。「」いん「」です。そんな細かいとここだわるよりもっとキャッチーな題名考えろぼけ、それと、自分のこと青井とか言うな。
最近、時々試してみたくなるのです。「エミってねー」とか自分で自分の名前いっちゃうかんじ。(エミにはまったく他意ありませんごめんなさい)「まゆまゆはぁー」とかくりかえしバージョンもやってみたい。
それは誰だい、私だい。そんなやりとりしてみたく、青井は、などと時々言うかも、言わないかも。
今回は当初のコンセプトが「温故知新」だったのに、「敗北宣言」になっちゃいました。
私もいちおう「おんこちしんおんこちしん」を頭に叩き込んで創作したつもりなのですが、ぜんぜん貢献できずごめんなさいです。でもどんな「敗北宣言」なのか楽しみですね。
あと楽しみといえば、破滅派テーマソング!です。CDもあわせて発売。
きょうび、CDです。(という高橋氏のエントリーにウケたので引用させていただきました。)
Rocket or Chiritoriと「叙情系漫画家」今日マチ子氏のスーパーコラボ企画。

歌詞を大々的に募集、そしてオープニングはあのなにをやってもハイセンスなアサミ・ラムジフスキー氏によるもので、青井は(やっちゃった)とっても楽しみです。
個人的にも注目している、高橋氏の山梨におけるコミューン建設記事。

それと青井は(おいまた)竹之内温さんの小説ファンなので、今回も並んで掲載していただく光栄!
色々リンクタグ満載でお届けしております、宣伝です。
でもそもそも破滅派ってなんなわけ? というそもそも派のあなた!どうしよう!
破滅派にとんでいただければ、まず幸いですが、コンテンツもりだくさん。そこで、またかよという批判覚悟で個人的に好きな記事をご紹介します。
破滅派放談「グッドバイにはまだ早い」
かくれ太宰ファン、なるものも存在する昨今、わかりますよ、太宰好きって言ったとたん「あれ」なかんじなわけでしょう。わかりますわかります。私は逃げも隠れもしないファンですが、酒飲みながら太宰について熱く語っちゃうこの放談、しかと読んでいただければ奥深さが伝わるかと。太宰読みの葛藤です。
ちなみに私が好きな太宰作品は!
「畜犬談」-私は犬に就いては自信がある。いつの日か、必ず喰いつかれるであろうという自信である。― 『きりぎりす』新潮文庫収録
「饗応夫人」来客におびえつつ泣きながらもひたすらもてなす夫人のおはなし。『女生徒』角川文庫収録
「人間失格」の印象は強烈、あと作家性とか文体がとか、いろいろいろあるでしょう。しかしあの新鮮さ!ウェットなウィット!何度も裏切られ感をもちつつ結局ずっと好きは好き。
と!破滅派宣伝が太宰宣伝になりそうなのでやめますが、この放談での両先生のような引用応戦、記憶機能を修理しないと私は参戦できないなぁと思いつつ、とっても面白いので読んでみてください。後半にいけばいくほど、感涙です。破滅派のなんたるかもわかるかも。
破滅派はわかった、じゃあそもそも文学フリマってなんなわけ? という、そもそもラディカル派のあなた!どうしよう!
これ、現行の文フリ運営のなかでどう変質し、進展してるのか検証していないのですが、とりあえず、そもそも、こういうことではじまりました、というのが「不良債権としての『文学』」。
そもそも満足度を高める事ができれば幸いです。
さて、そもそもはこのくらいでいいだろう、破滅派7号、よろしくお願い申し上げます。
宣伝なのに、長い。
追記:コメントに書くとリンク張れないんですね。
おんなじこと繰り返して限りなくあほっぽい。
この論文も面白いです。破滅派。
「「葉桜と魔笛」論」花藤義和
破滅派宣伝すると太宰を宣伝することになる。
ダブルスタンダードならぬ、ダブルオセオセ!
追記追記:今現在の文学フリマの理念はこちらです。
あわせて提示したほうが良いかな、と思ったのでリンクをば。
後ろ向きに疾走は。すごく早かったりするとよけい。
がばいばあちゃんは「後ろ向きでは歩きにくい」といってたそうです。やずやかなんかのCMで。
歩きにくいなら走っちゃえば。
そんなわけで私の参加する『破滅派』紙雑誌版七号、です。

早めに情報公開するから早めに告知&宣伝をすべし、という建設的な戦略ということで、WEBおよびツイッターで急いで宣伝です。疾走宣伝。早すぎると光に近づくという原理、なんかありましたよね!
内容はこちら。
12月5日の文学フリマでまず販売です。
青井は新作短編小説「「妄想風俗店」」が掲載です。「」いん「」です。そんな細かいとここだわるよりもっとキャッチーな題名考えろぼけ、それと、自分のこと青井とか言うな。
最近、時々試してみたくなるのです。「エミってねー」とか自分で自分の名前いっちゃうかんじ。(エミにはまったく他意ありませんごめんなさい)「まゆまゆはぁー」とかくりかえしバージョンもやってみたい。
それは誰だい、私だい。そんなやりとりしてみたく、青井は、などと時々言うかも、言わないかも。
今回は当初のコンセプトが「温故知新」だったのに、「敗北宣言」になっちゃいました。
私もいちおう「おんこちしんおんこちしん」を頭に叩き込んで創作したつもりなのですが、ぜんぜん貢献できずごめんなさいです。でもどんな「敗北宣言」なのか楽しみですね。
あと楽しみといえば、破滅派テーマソング!です。CDもあわせて発売。
きょうび、CDです。(という高橋氏のエントリーにウケたので引用させていただきました。)
Rocket or Chiritoriと「叙情系漫画家」今日マチ子氏のスーパーコラボ企画。

歌詞を大々的に募集、そしてオープニングはあのなにをやってもハイセンスなアサミ・ラムジフスキー氏によるもので、青井は(やっちゃった)とっても楽しみです。
個人的にも注目している、高橋氏の山梨におけるコミューン建設記事。

それと青井は(おいまた)竹之内温さんの小説ファンなので、今回も並んで掲載していただく光栄!
色々リンクタグ満載でお届けしております、宣伝です。
でもそもそも破滅派ってなんなわけ? というそもそも派のあなた!どうしよう!
破滅派にとんでいただければ、まず幸いですが、コンテンツもりだくさん。そこで、またかよという批判覚悟で個人的に好きな記事をご紹介します。
破滅派放談「グッドバイにはまだ早い」
かくれ太宰ファン、なるものも存在する昨今、わかりますよ、太宰好きって言ったとたん「あれ」なかんじなわけでしょう。わかりますわかります。私は逃げも隠れもしないファンですが、酒飲みながら太宰について熱く語っちゃうこの放談、しかと読んでいただければ奥深さが伝わるかと。太宰読みの葛藤です。
ちなみに私が好きな太宰作品は!
「畜犬談」-私は犬に就いては自信がある。いつの日か、必ず喰いつかれるであろうという自信である。― 『きりぎりす』新潮文庫収録
「饗応夫人」来客におびえつつ泣きながらもひたすらもてなす夫人のおはなし。『女生徒』角川文庫収録
「人間失格」の印象は強烈、あと作家性とか文体がとか、いろいろいろあるでしょう。しかしあの新鮮さ!ウェットなウィット!何度も裏切られ感をもちつつ結局ずっと好きは好き。
と!破滅派宣伝が太宰宣伝になりそうなのでやめますが、この放談での両先生のような引用応戦、記憶機能を修理しないと私は参戦できないなぁと思いつつ、とっても面白いので読んでみてください。後半にいけばいくほど、感涙です。破滅派のなんたるかもわかるかも。
破滅派はわかった、じゃあそもそも文学フリマってなんなわけ? という、そもそもラディカル派のあなた!どうしよう!
これ、現行の文フリ運営のなかでどう変質し、進展してるのか検証していないのですが、とりあえず、そもそも、こういうことではじまりました、というのが「不良債権としての『文学』」。
そもそも満足度を高める事ができれば幸いです。
さて、そもそもはこのくらいでいいだろう、破滅派7号、よろしくお願い申し上げます。
宣伝なのに、長い。
追記:コメントに書くとリンク張れないんですね。
おんなじこと繰り返して限りなくあほっぽい。
この論文も面白いです。破滅派。
「「葉桜と魔笛」論」花藤義和
破滅派宣伝すると太宰を宣伝することになる。
ダブルスタンダードならぬ、ダブルオセオセ!
追記追記:今現在の文学フリマの理念はこちらです。
あわせて提示したほうが良いかな、と思ったのでリンクをば。
2010年11月24日水曜日
こびこびめるめる、17歳よ永遠に。

メルボルンに行っていました。ちょっと都合で。プライベート流出させたりするくせにメンドクサイとこのもの言い。
しかも美しい教会やお花の写真も沢山とったのに、このあんましかわいくないコアラをのせちゃうの。
突然ですがみなさん、コアラは媚びています。
爪鋭いです。きっと凶暴です。
どれくらい媚びているかを語ろうと思ったのだけれど書く前から論理崩壊している。ああ。
以前オーストラリアに行ったとき、私は17歳でした。
そんな旅行とか行きたくないし、それどころじゃないし、コアラとか超むかつくという女子高生であった。ような気がする。
でもシドニーのダウンタウン一人で歩いてそれなりに楽しく、ゲイカルチャーにはじめて触れたのもダウンタウンだった。ような気がする。
あんまし覚えてないのです、オーストラリアってつかみどころのない国だという記憶で。
ただ、どっかの動物園でコアラを抱っこして写真とったのは覚えているのでした。
コアラのぬいぐるみの上にコアラをのせて、私はコアラのぬいぐるみを抱く事で、結果的にコアラを抱いてますよ、という写真になるらしかった。意味がわからんくて。できた写真も二層式のコアラを持ってるかんじ、だったような気がする。ほんと意味がわからんくて。
ぐだぐだなコアラのぬいぐるみの上に横たわり、ぬいぐるみと同じくらい動かないコアラを持った私は微笑んで、なんだこいつ媚びてるのか、と思った。いや媚びてない、媚びるなどという人間的感情操作などできるはずがない、30秒くらいの間に私の脳内会議は破綻しました。
ぬいぐるみオン本体。そのように大切に扱われる動物に対して、嫉妬を感じていたのだろうか。
コアラの取り扱いは州で違うんだって。だから直接抱っこオッケイのところもあるんだって。
どっちでもいいわ!
なんやねん、コアラってなんやねん!と怒っていた17歳であった。ような気がする。
今回は野性のコアラとかいうのがすごい高い木の上にいるのを眺めたい人のために手配はしたけど。
やはりコアラに対する気持ちの整理はつかない。17歳のときのような怒りはないけれど、かわいい!ラブ!とは思えず、栄養の少ないユーカリだけを食べては寝、おなかがすいて起きたらまたユーカリ食べちゃって、でも力がでないから一日20時間くらい寝ちゃうことを運命づけられた生き物に対する気持ちの整理はつかないのだった。
たぶん媚びてないし、力でないだけでコアラに罪はないのであろう。でもなんだか複雑な気分になるのです。
じっさい減ってるわけで、そいで守られてて、減らした人たちに守られるという希少動物のせつなさとか、そういうのんもあるけれど、かわいいのかかわいくないのか、わかんないっていう単純な話かも。

しかしメルボルンまでわざわざ行って、コアラに対する気持ちを再確認していたわけではなく、このように美しい日暮れを海岸から見ていました。
ビーチ沿いのレストランで、窓の向こうが染まってく。
向かいのテーブルにいた子が逆光で見えなくなった。
「うわーきれい、なぁなぁ私、こんな空見るためにほぼ、生きてるって思うんだけど」
と、いろんな人に100回くらい繰り返している事を言う。はいはい、というリアクションなので一人で砂浜に行き、写真を撮った。
スキンヘッドの「自称フォトグラファー」のカナダ人にサイトアドレスを教えてもらったり写真撮ってもらったりしていろいろ話したので、同じことを言ってみた。
もちろん!そのために生きている!
ものすごい満面の笑みをかえされた。
ああもしかしたら、媚びているのはコアラではなく私なのかも。
私の中の17歳なのかも。
どれくらい17歳かっていうと、これくらい。
久保ミツロウ『モテキ』のドラマ化放映期間は終わり、テレビがないので観れなかったけれども、「ロックンロールは鳴りやまないっ」がフルコーラス流れた、と聞きました。満島ひかりちゃんが絶叫カラオケするシーンがあったと聞きました。
パソコンの音声が出るようになってやっとニコ動やYOUTUBE観れるようになったのだけど、以前観たこの子たちのいろんな切ない映像は覚えていて、それでもやっぱり、ほろっとしちゃったよ。
コアラに複雑な気持ちを抱き、夕日みては泣き、「神聖かまってちゃん」に感じる私の17歳をゆるして、媚びない方向でちゃんと残しておいてあげたいと思いました。
2010年11月11日木曜日
だめだめだめ、ぜんぜんだめ。
おおっと。久々に再開したと思ったら更新頻度の間が!
ものごとを突発的に充実させるとろくでもないことになっていくというのは、こんにちのロボット以外の習性だということをわかっている一部の方々に、特殊な方面のご心配をおかけしてしまいそうだけれど、大丈夫、ちょびっと酔ってます。これで安心ひと安心。
あのね、大岡昇平『花影』。これさぁ。はなかげ、だと思ってたら、かえい、なんだって。
私いつも、この手の音訓にしてやられます。実は、はなかげ、のほうがいいと思ってるのに。かえい、と口に出しながら、心で、はなかげはなかげ言っておこう。
そんなことはどうでもよく、ある時代のなんらかの女性(なんだよそれ)のことを調べていて見つけたのが、坂本睦子。ウィキだとコレ
別のサイトだとこんなんも。
まぁキレイな人だったのだろう。魅力的だったのだろう。でも、この人をモデルにしたとされる『花影』の主人公、葉子は、はっきりいって、まちがっちゃった人です。
読んでいて、まず頭に浮かんだのが、吉野朔美『恋愛的瞬間』の二巻。「秘密と嘘」に出てくる、心理学者にも手に負えない女子学生と文学部教授の、不倫。
「あなたは私のことを文学的感傷で愛している」
「肉体も魅力的だって知っているよ」
「私の不幸を愛している」
「君の不幸を望んだことなんかないよ」
「良心が痛むからよ。あなたは嘘をついていることを忘れているのね」
自分の不自由さに気づいていない。浮気をすることが、自由だと、思っている。
吉野朔美『恋愛的瞬間』小学館2002
女子学生はまちがっちゃてること知っている。でも葉子は何をまちがっちゃてるのか自分でよくわかってないのです。
まちがっちゃったというのは、沢山の遍歴を重ねたとか、不幸な最後を遂げたとか、そういうんではなく、しかも実際の坂本睦子の話をしているのではありません。
あくまで、小説『花影』の主人公、葉子、のこと。
坂本睦子は知らん人なので。モデルを想定してうんぬんというとき、あなたはその人を知っているのか会ったのかということを問えば、そうではない。なら、登場人物として素直に読もうではないか、どうですか。
直木三十五、菊池寛、小林秀雄、坂口安吾、河上徹太郎、大岡昇平とかとの関係、実際の坂本睦子に関しては色々書かれたものを読めばよい。大岡昇平が嫉妬や感傷や衝動をどう作品に昇華させたのかも、このさい、おいておく。
小説の主人公、葉子がまちがっちゃってるのはね、あのね、この小説の登場人物、高島とか言う人との関係。(この人が誰を想定してるのかももちろん、おいておく)
高島と葉子という女給との関係はいわゆる男女のものではない。肉体関係もなく、葉子が沢山の男に求愛されるさまを高島は全部知っている。それはいい、まあいい。しかし、この高島という男、完全に、葉子のことを読み間違えている。
ほだされやすく男性に愛されやすい葉子に「女給でいるしか道がない」的なことを言うんですよね、こいつは。
高島は骨董品の目利きなんかをしていて一時期はぶりが良かったのだけれど、そういう時期に出会って、葉子の庇護者的存在なのだけれど、この人に人生の指南や信頼を置いていたところが、葉子ちゃんのまちがいだし、おちぶれた高島が葉子への見方を変えないところもまちがい。
あのさ、葉子という女は、実は、もっとも夜の世界に向いていない女なのです。
はっきりしとくためにいうけれど、そのへんで私とおんなじ。
私は今まで二度、いわゆるホステスチックなことをしてみたことがある。一度は大学のレポート書くための一日体験入店。もう一回は民話伝承を収集するために滞在した石垣島での酒場。どっちも銀座だの、新地だのとは違う、特殊な状況だったし、そういうとこではできひんと思った。あの世界で強く生きていける女性の多くは、とっても地に足がついているのです。お金をもうけること、自分の足で立つこと、嘘も方便も自分の責任で引き受けられる事。悲しみを悲しみながら反発できる事。かっこいい女性たちなのです。男を喜ばす、という商売で自分を貶めない、男以上に漢なぶぶんがあるか、すでに10人くらい子供産んでるよ、に等しい気概がなければ、お金と虚栄と擬似恋愛の世界に飲み込まれてしまう。褒めて楽しませて喜ばして欲しい男の人を抱擁しつつ、彼らの自尊心すら守ってあげる、子育てと介護に通じるような感情労働なのです。
私のことを言ったのでついでに断言すれば、私のようなヘタレの泣き笑い顔ではつとまりません。
夜の世界のしろうとが、夜の世界につかる事などめっそうもない。
このへんのことを高島はわかってない。
ふわふわふわふわしていて、身の置きどころがなく、線の細い葉子という女性が、そんなことして壊れないわけがない。寂しがりの甘ったれの葉子が、ちょっと男を喜ばせられるからって、女給でいるべき、などという短絡をするこの男は、本当にしょうもない。葉子は世界においていつも居場所を探しているような、生き人形のような女です。喜ばせるのはわかってほしいから、受け止めて欲しいからなのであって、一人で生きられる女じゃない。そんな女が求愛の真ん中に放り込まれたら、体も心も自分から手放してしまうのだ。その程度のこともわからん審美眼の持ち主高島を信頼し、おちぶれてなお身の回りの世話をしていた葉子。一番慰安されていたのは高島だったのだよ。
不幸、というのはもちろん文学的です。吉野朔美の女子学生はもう少し達観していて、でも自分の不幸に耐えられないから、まるで自分を切り刻むように、文学的ダンディズムのミューズとして不幸を偏愛される関係を、受け入れる。でもかしこい女の子であった。一緒にいるときからその不毛さ、文学者の求める嘘の甘さと身勝手さ(しかもはてしなく前時代的)を、悲しい目で見てる。いつか終わる。もっとも悲惨な終わらせ方をするべきか、何も伝えず静かに終わるのか。彼女自身のある種の文学的不幸と、天秤にかけながら関係性を少しの間継続させている。
これは女子学生が、葉子よりもあとの時代の女の子、だからかも、しれない。根っこの感受性は近しいのかもしれない。しかし、否定の言葉を口にできるだけ、女子学生のほうが強い。女の子が人形ではなく言葉を持った時代において女子学生は時々、教授を言葉によって怒らせる事もできたのだ。葉子はなにも言わない。黙ってなげやりに微笑む。
でも、『花影』の冒頭、これは良かった。
「葉子は最初から男のいうことを、聞いていなかったのかもしれない」
『花影』大岡昇平 講談社文芸文庫 2006
聞けよ!お前も!しかし面白くなかったんだろうね、言えなかっただけで。
身の回りをきれいに整え、繕いものをし、来客のために美味しい食べ物を用意し、喜ばせることのできた葉子ちゃん。高島とかいう男は気がつかんかったのか。
葉子が向いているのは夜の世界ではなく、誰かに徹底的に愛され、肯定され、守られ守り、生活の微々たるものごとを構築していくために、のどかな微笑を微笑む事。時代が時代だから、それが妻であり母でありということになるのかもしれんけれど、お金を介さない晩酌をかたむけるために笑って、日々の生活の中でその繊細な機転をフル活用し、それを楽しんでくれる男の子のパートナーになることが、葉子ちゃんの幸せなのだと指南すべきだったのだ、アホめが。
繊細さの襞を楽しめるディレッタントさを自分以外の人間に向ける目を持ち合わせていない高島と、ステレオタイプなデレッタント(間違ってないよ、デレッタントだよ)に溺れる男たちの間で、結局葉子は、孤独だったのだ。
男と女の文化の楽しみ方が不公平だった時代、だからかもしれんし、私はフェミニストではないし、葉子ちゃんは男の子を好きだったのに、なんか最後にはなにもかも憎たらしく思っちゃうなんて、さみしい。
かわいく、たのしく、結び合うための、おりこうなやり方、それって男の子の女の子、女の子の男の子にある、という意味で私はフェミとはちがうアプローチをとる。しかし言葉でやりあうとき、その言葉はまだ開発されていないから、日常のありきたりの出来事から発明しているのでございます。
さて、話がぶっとびます。
この『花影』講談社文芸文庫ですが、解説が小谷野敦、です。私はこういう戦う思想家が好きです。中島義道とか。ないってーと思う主張にぶち当たる反面、そうだよな、があり、そうだよな感が強いから。アカデミックな取り繕いをしないので、共感が強烈なのです。
その解説、大岡昇平が芸術院会員を辞退したときのいきさつを結びにしております。
「むろんそこには、戦死した兵たちへの鎮魂と贖罪、そして責任をとらない者たちへの怒りが込められていた。青山も白州も小林秀雄も、美の審判者に過ぎず、その怒りを共有する人々ではなかった。政治や社会に目を閉ざし、漠然とした日本的美の世界を描いて読者を幻惑する人たちだった。」前同 解説 小谷野敦
大岡のほかの歴史小説には正直あまり興味がなく、この一人の女性を書いたものからしか彼の創作を知る由もないが、小谷野氏の度胸ある解説から考えるには、もし大岡の姿勢がこのようであるならば、『花影』の主人公、葉子に託して表現したかったものは、一人の女性に対する執着や死に対する感傷(それはぜったいあったと思う)以上に、文学や芸術や美、それにもとづく欲望や名誉、ということどもの間で翻弄される、どうしたってどうにもなんない、すくいきれない人間の生きざま、の話だったのではないでしょうか、どうでしょうか。
と書いていて、はたして私自身モデルと登場人物をどれだけ区別して読んでるのか疑問が出てきちゃった。
だってやっぱり舞姫のモデルが誰だったとか、気になるもんねぇ。
舞姫のヒロインモデル特定に新証拠。誰だよ!と思いつつも。
坂本睦子に関しても、きっともうちょい調べちゃう。
さて、もう一回り飛ばさせていただいて、戦う思想家、内田樹氏。ブックマークに貼ってますがコラムが面白いのに発見しにくいので、改めてご案内しておきます。
内田樹Simple man simple dream
これ、必読。なんだけどなんだけど、冒頭から逸脱しまくり。自由自在ですな、おい。
ものごとを突発的に充実させるとろくでもないことになっていくというのは、こんにちのロボット以外の習性だということをわかっている一部の方々に、特殊な方面のご心配をおかけしてしまいそうだけれど、大丈夫、ちょびっと酔ってます。これで安心ひと安心。
あのね、大岡昇平『花影』。これさぁ。はなかげ、だと思ってたら、かえい、なんだって。
私いつも、この手の音訓にしてやられます。実は、はなかげ、のほうがいいと思ってるのに。かえい、と口に出しながら、心で、はなかげはなかげ言っておこう。
そんなことはどうでもよく、ある時代のなんらかの女性(なんだよそれ)のことを調べていて見つけたのが、坂本睦子。ウィキだとコレ
別のサイトだとこんなんも。
まぁキレイな人だったのだろう。魅力的だったのだろう。でも、この人をモデルにしたとされる『花影』の主人公、葉子は、はっきりいって、まちがっちゃった人です。
読んでいて、まず頭に浮かんだのが、吉野朔美『恋愛的瞬間』の二巻。「秘密と嘘」に出てくる、心理学者にも手に負えない女子学生と文学部教授の、不倫。
「あなたは私のことを文学的感傷で愛している」
「肉体も魅力的だって知っているよ」
「私の不幸を愛している」
「君の不幸を望んだことなんかないよ」
「良心が痛むからよ。あなたは嘘をついていることを忘れているのね」
自分の不自由さに気づいていない。浮気をすることが、自由だと、思っている。
吉野朔美『恋愛的瞬間』小学館2002
女子学生はまちがっちゃてること知っている。でも葉子は何をまちがっちゃてるのか自分でよくわかってないのです。
まちがっちゃったというのは、沢山の遍歴を重ねたとか、不幸な最後を遂げたとか、そういうんではなく、しかも実際の坂本睦子の話をしているのではありません。
あくまで、小説『花影』の主人公、葉子、のこと。
坂本睦子は知らん人なので。モデルを想定してうんぬんというとき、あなたはその人を知っているのか会ったのかということを問えば、そうではない。なら、登場人物として素直に読もうではないか、どうですか。
直木三十五、菊池寛、小林秀雄、坂口安吾、河上徹太郎、大岡昇平とかとの関係、実際の坂本睦子に関しては色々書かれたものを読めばよい。大岡昇平が嫉妬や感傷や衝動をどう作品に昇華させたのかも、このさい、おいておく。
小説の主人公、葉子がまちがっちゃってるのはね、あのね、この小説の登場人物、高島とか言う人との関係。(この人が誰を想定してるのかももちろん、おいておく)
高島と葉子という女給との関係はいわゆる男女のものではない。肉体関係もなく、葉子が沢山の男に求愛されるさまを高島は全部知っている。それはいい、まあいい。しかし、この高島という男、完全に、葉子のことを読み間違えている。
ほだされやすく男性に愛されやすい葉子に「女給でいるしか道がない」的なことを言うんですよね、こいつは。
高島は骨董品の目利きなんかをしていて一時期はぶりが良かったのだけれど、そういう時期に出会って、葉子の庇護者的存在なのだけれど、この人に人生の指南や信頼を置いていたところが、葉子ちゃんのまちがいだし、おちぶれた高島が葉子への見方を変えないところもまちがい。
あのさ、葉子という女は、実は、もっとも夜の世界に向いていない女なのです。
はっきりしとくためにいうけれど、そのへんで私とおんなじ。
私は今まで二度、いわゆるホステスチックなことをしてみたことがある。一度は大学のレポート書くための一日体験入店。もう一回は民話伝承を収集するために滞在した石垣島での酒場。どっちも銀座だの、新地だのとは違う、特殊な状況だったし、そういうとこではできひんと思った。あの世界で強く生きていける女性の多くは、とっても地に足がついているのです。お金をもうけること、自分の足で立つこと、嘘も方便も自分の責任で引き受けられる事。悲しみを悲しみながら反発できる事。かっこいい女性たちなのです。男を喜ばす、という商売で自分を貶めない、男以上に漢なぶぶんがあるか、すでに10人くらい子供産んでるよ、に等しい気概がなければ、お金と虚栄と擬似恋愛の世界に飲み込まれてしまう。褒めて楽しませて喜ばして欲しい男の人を抱擁しつつ、彼らの自尊心すら守ってあげる、子育てと介護に通じるような感情労働なのです。
私のことを言ったのでついでに断言すれば、私のようなヘタレの泣き笑い顔ではつとまりません。
夜の世界のしろうとが、夜の世界につかる事などめっそうもない。
このへんのことを高島はわかってない。
ふわふわふわふわしていて、身の置きどころがなく、線の細い葉子という女性が、そんなことして壊れないわけがない。寂しがりの甘ったれの葉子が、ちょっと男を喜ばせられるからって、女給でいるべき、などという短絡をするこの男は、本当にしょうもない。葉子は世界においていつも居場所を探しているような、生き人形のような女です。喜ばせるのはわかってほしいから、受け止めて欲しいからなのであって、一人で生きられる女じゃない。そんな女が求愛の真ん中に放り込まれたら、体も心も自分から手放してしまうのだ。その程度のこともわからん審美眼の持ち主高島を信頼し、おちぶれてなお身の回りの世話をしていた葉子。一番慰安されていたのは高島だったのだよ。
不幸、というのはもちろん文学的です。吉野朔美の女子学生はもう少し達観していて、でも自分の不幸に耐えられないから、まるで自分を切り刻むように、文学的ダンディズムのミューズとして不幸を偏愛される関係を、受け入れる。でもかしこい女の子であった。一緒にいるときからその不毛さ、文学者の求める嘘の甘さと身勝手さ(しかもはてしなく前時代的)を、悲しい目で見てる。いつか終わる。もっとも悲惨な終わらせ方をするべきか、何も伝えず静かに終わるのか。彼女自身のある種の文学的不幸と、天秤にかけながら関係性を少しの間継続させている。
これは女子学生が、葉子よりもあとの時代の女の子、だからかも、しれない。根っこの感受性は近しいのかもしれない。しかし、否定の言葉を口にできるだけ、女子学生のほうが強い。女の子が人形ではなく言葉を持った時代において女子学生は時々、教授を言葉によって怒らせる事もできたのだ。葉子はなにも言わない。黙ってなげやりに微笑む。
でも、『花影』の冒頭、これは良かった。
「葉子は最初から男のいうことを、聞いていなかったのかもしれない」
『花影』大岡昇平 講談社文芸文庫 2006
聞けよ!お前も!しかし面白くなかったんだろうね、言えなかっただけで。
身の回りをきれいに整え、繕いものをし、来客のために美味しい食べ物を用意し、喜ばせることのできた葉子ちゃん。高島とかいう男は気がつかんかったのか。
葉子が向いているのは夜の世界ではなく、誰かに徹底的に愛され、肯定され、守られ守り、生活の微々たるものごとを構築していくために、のどかな微笑を微笑む事。時代が時代だから、それが妻であり母でありということになるのかもしれんけれど、お金を介さない晩酌をかたむけるために笑って、日々の生活の中でその繊細な機転をフル活用し、それを楽しんでくれる男の子のパートナーになることが、葉子ちゃんの幸せなのだと指南すべきだったのだ、アホめが。
繊細さの襞を楽しめるディレッタントさを自分以外の人間に向ける目を持ち合わせていない高島と、ステレオタイプなデレッタント(間違ってないよ、デレッタントだよ)に溺れる男たちの間で、結局葉子は、孤独だったのだ。
男と女の文化の楽しみ方が不公平だった時代、だからかもしれんし、私はフェミニストではないし、葉子ちゃんは男の子を好きだったのに、なんか最後にはなにもかも憎たらしく思っちゃうなんて、さみしい。
かわいく、たのしく、結び合うための、おりこうなやり方、それって男の子の女の子、女の子の男の子にある、という意味で私はフェミとはちがうアプローチをとる。しかし言葉でやりあうとき、その言葉はまだ開発されていないから、日常のありきたりの出来事から発明しているのでございます。
さて、話がぶっとびます。
この『花影』講談社文芸文庫ですが、解説が小谷野敦、です。私はこういう戦う思想家が好きです。中島義道とか。ないってーと思う主張にぶち当たる反面、そうだよな、があり、そうだよな感が強いから。アカデミックな取り繕いをしないので、共感が強烈なのです。
その解説、大岡昇平が芸術院会員を辞退したときのいきさつを結びにしております。
「むろんそこには、戦死した兵たちへの鎮魂と贖罪、そして責任をとらない者たちへの怒りが込められていた。青山も白州も小林秀雄も、美の審判者に過ぎず、その怒りを共有する人々ではなかった。政治や社会に目を閉ざし、漠然とした日本的美の世界を描いて読者を幻惑する人たちだった。」前同 解説 小谷野敦
大岡のほかの歴史小説には正直あまり興味がなく、この一人の女性を書いたものからしか彼の創作を知る由もないが、小谷野氏の度胸ある解説から考えるには、もし大岡の姿勢がこのようであるならば、『花影』の主人公、葉子に託して表現したかったものは、一人の女性に対する執着や死に対する感傷(それはぜったいあったと思う)以上に、文学や芸術や美、それにもとづく欲望や名誉、ということどもの間で翻弄される、どうしたってどうにもなんない、すくいきれない人間の生きざま、の話だったのではないでしょうか、どうでしょうか。
と書いていて、はたして私自身モデルと登場人物をどれだけ区別して読んでるのか疑問が出てきちゃった。
だってやっぱり舞姫のモデルが誰だったとか、気になるもんねぇ。
舞姫のヒロインモデル特定に新証拠。誰だよ!と思いつつも。
坂本睦子に関しても、きっともうちょい調べちゃう。
さて、もう一回り飛ばさせていただいて、戦う思想家、内田樹氏。ブックマークに貼ってますがコラムが面白いのに発見しにくいので、改めてご案内しておきます。
内田樹Simple man simple dream
これ、必読。なんだけどなんだけど、冒頭から逸脱しまくり。自由自在ですな、おい。
2010年11月8日月曜日
物語の物語が物語で。
ごぶさたしておりました。ようやっとネットを繋ぎました。
やはり不便でした。あまりにも情報難民。
電子辞書すら壊れていて、これ、言葉がどうでもよくなってたけど、
だめですね。岩波国語辞典引きながら、物語を書いていた。
仕事をし汗をかき文字を書いてた日々。
どうでもいいわけないだろう。
物語、300枚って言われてたのに420枚までいってしまい、先日お別れしました。
高校一年生の主人公が二年生になって、そこまでしか見守ることができなかった。
さみしいよ。
どうかどうか、笑っていてください。その先の物語を生きてください。
そして200枚までにしようと思っているもう一つ、君は、どうした。
どうしてそんなに、物語を拒否するの。
テレビもネットもない状態で、しかたなし、もとめるがまま私はこの数ヶ月、
物語を漂った。物語について考えたし、物語を書いたし、物語を生きていた。
物語。私たちを分節し、解体し、規制し、説明するもの。
「ほんとうのこと」ではないのかもしれない。
ただ私たちを解説しやすい言葉の地層に、私たち自身が自らを当てはめてしまうだけなのかもしれない。
それでも、物語でしか語れないものがある。
私はこの件に関し、いくつか感動していたのでした。
映画
私は二度、観ました。
大阪の国立国際美術館でやっていた<束芋>に足を運んだのがきっかけでした。
束芋の「断面の世代」という表現がひっかかってしかたなかったのでした。
団塊ジュニアである作者による、「団塊」に対する「断面」。
われわれの時代は、塊にはなれない。面でしかない。連帯も個人主義も貫けないならどうすりゃいいのか。
「団地層」「団段」という集合住宅をモチーフにした映像を見て、激しく揺れました。
個人的なコトを言えば、書いていた物語に「公団」を扱っていた、という事情もあるかもしれない。
いやしかし、そんなことじゃなく、インスタレーションだのアートだの言ってる物事が、こんなにもアクチュアリティを持ちえるのだ、という感動が大きかった。
そんなもん、語れません。
機会があったら、ぜひ多くの人に「参加」してほしい展覧会でした。
暑いさなか、これにまず二度足を運び、原稿は100枚くらいすすめつつ、汗をかきんと冷やされながら見入っていました。
そうして束芋による新聞連載『悪人』の挿絵に感銘をうけ、どんな物語なのだろうと興味を覚え本を読み、どんな映像になるのだろう、と映画を観たわけです。
美術館→書物→映画館、私は心に素直に旅をしました。
ほんらい語りようがないものを、これだけの媒体をつかって語ろうとする行為。物語が語られつくされたように思える現代社会のなかで、それでも物語が派生する以前のなにごとかを、語ること。
歴史は、いま、ここで、なんども出産されている。
「二人とも被害者にはなれないから」『悪人』吉田修一
本を人に貸しているので、例のごとくソースが曖昧ですが、この言葉。
純愛、犯罪、逃避行。
この物語の豊かさは枝葉の広がりを持っているけれども、
私はこの一言を「見たい」がために何度も何度も思い返したのです。
様々な事件、出来事が毎日毎日情報となって届けられる今日にあって「悪い人」はいなくちゃなんない。
実際、殺人者は悪い人です。
疑う余地もないんだろう。生い立ちも環境も関係ないんだろう。
物語る前にわかってしまっているこのコトを題材にしながら、きちんと被害者であるために加害者を探すということ、れっきとした加害者であることを引き受けること、でも誰もが加害者であり被害者でありその加害者であり被害者であり・・・・・・。
本当に悪い事ってなんだろうっていうの、今やんわりと時代が要請しているテーマだと思ってます。
それは別に、物事を複雑系に落としこんで混乱させるためじゃなく、例えば、被害者として怒る事、バカにすんなよ必死に生きてきたんだ、と言う事のためにだって。そういうシンプルな戦いのためにだって。あるいは、俺はやっぱり悪い人なんだと、ひれふすためにだって。
善悪の彼岸は、わからない。でもいつまでも、わからないわからない言ってはいられない。
じゃ、どう向き合えばいいんだろう。難しいよ、やっぱわかんないよ。
でも美術と小説と映画を享受しながら、私は同時に、現実を、私という物語に登場してくれた人の言葉を思い返していたのでした。
善悪の彼岸について語り合った時、大切な友人と交わした言葉。いや友人がくれた言葉だよな。
プライベート流出、やくそくどおり「いつか」は使わせてもらったよ。
「君は間違ってないよ。世の中も間違ってないよ。
人と人、人と社会がどうしても相容れないとき
相対的にどちらかが善悪を当てはめられているだけだと思うよ。
極論だけどね。
合ってるとか間違ってるとかじゃなくて、どうしようもないこと沢山あるよね。
社会的成否で世界はバランスをとってて、個人もそうだと思うよ。
あんまり思い詰めないで。
君は存在からして間違いじゃないから。
ただバランスをとるのが苦手なだけだよ。
おやすみ。」
読書をまったくしない、もうそろそろ10年来になるこの友達は、いつも「極論」を言う。
でもこれって極論か? 私は彼の言葉をときどき、直感的に「本物」だ、と思う。正しいか間違ってるかじゃない。彼という実人生の物語が生み出した本物なんだって思うのです。
しょっちゅう何事かを思いつめてる私ごときがこの時いったい何を思いつめてたなんてことはどうでもいい。じっさい忘れちゃったし。
でも、この言葉は忘れない、と思いました。そして、別の物語とめぐり合ったとき鮮やかに蘇ったのです。
記憶力のない、というかそもそも記憶という機能が壊れてませんかという私をして、諳んじられるほど繰り返した言葉の羅列。それだけのことなのに、それだけのことがこんなにも。本当にありがとう。
映画『悪人』は一度目を一人で、二度目を人と一緒に行きました。
一緒に見た人が
「素直な見方をすれば、誰も救われない物語、だよね。なのになんでか暗い気持ちにならない」と。
そう、なぜだか少し元気になる。きみょうに、やってやらなくちゃってなる。
80年代、90年代、ゼロ年代、もう随分前から、私たちは「戦う対象を喪失した」のだと言われてきた。
シュミット的に「政治なるもの」が、敵と友の峻別なのだとしたら、政治的なものなんてもうとっくに崩壊しちゃってるよ、なんだかなぁだよってなっちゃう。
そして「塊」になれない、「面」だけを漂う私たちの孤独の、なんとも言えない砂っぽさ。
でもさ、それももう古くない?
うちら、そんな醒めた視線で余裕こいてなんてられなくない?
くやしい、さみしい、やるせない、でも、頑張るんだって、ちょっと暑苦しいものがふつふつ湧いてこない?
これが何年代の感覚か、なんて知らんよ。わからないです。
でも<束芋>の世界にも、『悪人』の映画にも、不思議な懐かしさを感じました。
知らない時代、という懐かしさ。
あれら表現の、物語の、怒りと優しさと暑苦しさとうっとおしさと、むかつくけど頑張ろかいなの感覚。
これ、たぶん新しい時代の古さ、なんだと私、感動しました。
やはり不便でした。あまりにも情報難民。
電子辞書すら壊れていて、これ、言葉がどうでもよくなってたけど、
だめですね。岩波国語辞典引きながら、物語を書いていた。
仕事をし汗をかき文字を書いてた日々。
どうでもいいわけないだろう。
物語、300枚って言われてたのに420枚までいってしまい、先日お別れしました。
高校一年生の主人公が二年生になって、そこまでしか見守ることができなかった。
さみしいよ。
どうかどうか、笑っていてください。その先の物語を生きてください。
そして200枚までにしようと思っているもう一つ、君は、どうした。
どうしてそんなに、物語を拒否するの。
テレビもネットもない状態で、しかたなし、もとめるがまま私はこの数ヶ月、
物語を漂った。物語について考えたし、物語を書いたし、物語を生きていた。
物語。私たちを分節し、解体し、規制し、説明するもの。
「ほんとうのこと」ではないのかもしれない。
ただ私たちを解説しやすい言葉の地層に、私たち自身が自らを当てはめてしまうだけなのかもしれない。
それでも、物語でしか語れないものがある。
私はこの件に関し、いくつか感動していたのでした。
映画
『悪人』は皆さんご覧になりましたか。
私は二度、観ました。
大阪の国立国際美術館でやっていた<束芋>に足を運んだのがきっかけでした。
束芋の「断面の世代」という表現がひっかかってしかたなかったのでした。
団塊ジュニアである作者による、「団塊」に対する「断面」。
われわれの時代は、塊にはなれない。面でしかない。連帯も個人主義も貫けないならどうすりゃいいのか。
「団地層」「団段」という集合住宅をモチーフにした映像を見て、激しく揺れました。
個人的なコトを言えば、書いていた物語に「公団」を扱っていた、という事情もあるかもしれない。
いやしかし、そんなことじゃなく、インスタレーションだのアートだの言ってる物事が、こんなにもアクチュアリティを持ちえるのだ、という感動が大きかった。
そんなもん、語れません。
機会があったら、ぜひ多くの人に「参加」してほしい展覧会でした。
暑いさなか、これにまず二度足を運び、原稿は100枚くらいすすめつつ、汗をかきんと冷やされながら見入っていました。
そうして束芋による新聞連載『悪人』の挿絵に感銘をうけ、どんな物語なのだろうと興味を覚え本を読み、どんな映像になるのだろう、と映画を観たわけです。
美術館→書物→映画館、私は心に素直に旅をしました。
ほんらい語りようがないものを、これだけの媒体をつかって語ろうとする行為。物語が語られつくされたように思える現代社会のなかで、それでも物語が派生する以前のなにごとかを、語ること。
歴史は、いま、ここで、なんども出産されている。
「二人とも被害者にはなれないから」『悪人』吉田修一
本を人に貸しているので、例のごとくソースが曖昧ですが、この言葉。
純愛、犯罪、逃避行。
この物語の豊かさは枝葉の広がりを持っているけれども、
私はこの一言を「見たい」がために何度も何度も思い返したのです。
様々な事件、出来事が毎日毎日情報となって届けられる今日にあって「悪い人」はいなくちゃなんない。
実際、殺人者は悪い人です。
疑う余地もないんだろう。生い立ちも環境も関係ないんだろう。
物語る前にわかってしまっているこのコトを題材にしながら、きちんと被害者であるために加害者を探すということ、れっきとした加害者であることを引き受けること、でも誰もが加害者であり被害者でありその加害者であり被害者であり・・・・・・。
本当に悪い事ってなんだろうっていうの、今やんわりと時代が要請しているテーマだと思ってます。
それは別に、物事を複雑系に落としこんで混乱させるためじゃなく、例えば、被害者として怒る事、バカにすんなよ必死に生きてきたんだ、と言う事のためにだって。そういうシンプルな戦いのためにだって。あるいは、俺はやっぱり悪い人なんだと、ひれふすためにだって。
善悪の彼岸は、わからない。でもいつまでも、わからないわからない言ってはいられない。
じゃ、どう向き合えばいいんだろう。難しいよ、やっぱわかんないよ。
でも美術と小説と映画を享受しながら、私は同時に、現実を、私という物語に登場してくれた人の言葉を思い返していたのでした。
善悪の彼岸について語り合った時、大切な友人と交わした言葉。いや友人がくれた言葉だよな。
プライベート流出、やくそくどおり「いつか」は使わせてもらったよ。
「君は間違ってないよ。世の中も間違ってないよ。
人と人、人と社会がどうしても相容れないとき
相対的にどちらかが善悪を当てはめられているだけだと思うよ。
極論だけどね。
合ってるとか間違ってるとかじゃなくて、どうしようもないこと沢山あるよね。
社会的成否で世界はバランスをとってて、個人もそうだと思うよ。
あんまり思い詰めないで。
君は存在からして間違いじゃないから。
ただバランスをとるのが苦手なだけだよ。
おやすみ。」
読書をまったくしない、もうそろそろ10年来になるこの友達は、いつも「極論」を言う。
でもこれって極論か? 私は彼の言葉をときどき、直感的に「本物」だ、と思う。正しいか間違ってるかじゃない。彼という実人生の物語が生み出した本物なんだって思うのです。
しょっちゅう何事かを思いつめてる私ごときがこの時いったい何を思いつめてたなんてことはどうでもいい。じっさい忘れちゃったし。
でも、この言葉は忘れない、と思いました。そして、別の物語とめぐり合ったとき鮮やかに蘇ったのです。
記憶力のない、というかそもそも記憶という機能が壊れてませんかという私をして、諳んじられるほど繰り返した言葉の羅列。それだけのことなのに、それだけのことがこんなにも。本当にありがとう。
映画『悪人』は一度目を一人で、二度目を人と一緒に行きました。
一緒に見た人が
「素直な見方をすれば、誰も救われない物語、だよね。なのになんでか暗い気持ちにならない」と。
そう、なぜだか少し元気になる。きみょうに、やってやらなくちゃってなる。
80年代、90年代、ゼロ年代、もう随分前から、私たちは「戦う対象を喪失した」のだと言われてきた。
シュミット的に「政治なるもの」が、敵と友の峻別なのだとしたら、政治的なものなんてもうとっくに崩壊しちゃってるよ、なんだかなぁだよってなっちゃう。
そして「塊」になれない、「面」だけを漂う私たちの孤独の、なんとも言えない砂っぽさ。
でもさ、それももう古くない?
うちら、そんな醒めた視線で余裕こいてなんてられなくない?
くやしい、さみしい、やるせない、でも、頑張るんだって、ちょっと暑苦しいものがふつふつ湧いてこない?
これが何年代の感覚か、なんて知らんよ。わからないです。
でも<束芋>の世界にも、『悪人』の映画にも、不思議な懐かしさを感じました。
知らない時代、という懐かしさ。
あれら表現の、物語の、怒りと優しさと暑苦しさとうっとおしさと、むかつくけど頑張ろかいなの感覚。
これ、たぶん新しい時代の古さ、なんだと私、感動しました。
2010年5月9日日曜日
みさかいもなく立っているっちゃ!
EXPO'70 パビリオン
に行って来ました。ずっと行こうと思ってて、GWで終わっちゃうと思って慌てたらまだまだやってるみたいですね!

独立行政法人なので、助成金、つまり税金がどういうことになっているのかは考えなきゃいけませんが、入場料200円で期待以上の展示内容でした。公園自体も沢山の人がフリマやお子さん連れのピクニックなど楽しんでいて、有効に活用されてる様子です。公園の入場料は250円。管理団体の行政法人が今後どうなるのか、独立採算ベースはどうなっているのかなぁ。一般に還元されないものに投入するくらいなら、ここはみんな楽しんでいるし、広くていい場所だから開放し続けて欲しいです。有効な税金の使い方ってもう、他人事じゃないですよね。
一方では文化事業費削減など、美術館・博物館・文化施設は相当厳しい状況に置かれてますが、そのぶん企画力や展示工夫、キュレーターイズムが発揮できるという意味では良いかもしれません。権威にたよってきた美術館が、パフォーマンスではなく内外から変革を求められて、タブローのすでに評価されてるものにおんぶにだっこ、ではなく、「価値を発見する」っていうありかたに変わっていたら、「巨匠の絵画展」という退屈さをぶちこわしていけるんではないでしょうか。
なぞ偉そうな事いってますが、十年以上にわたる古着マニアの私にとって、パビリオンのおねえさんの衣装はいちいち涎ものでした。ニューエイジ、ていうかそもそもマネキン自体がツィギー体型・・・・・・ドキッ。キャッツアイかルパン三世になって、まるごとかっさらいたいと思いました。保存状態良すぎっちゅうの。
他にも当時のポスターや、模型など盛りだくさんでナイスでしたよ。おすすめです!
久々の万博記念公園。カマンベールとルッコラと生ハムのサンドイッチなどつくり、天気の良い昼間、「ボトルから直接飲む」白ワイン。最高です。安いシャルドネ? まったく満足。ノーボディノープロブレムです。

そんな私を見下ろす太陽の塔。
怖すぎ。
パワースポットとか最近よく特集されてますけれども、私、この太陽の塔周辺、万博記念公園全体、いや、こいつが目に入るエリアすべてが、なんらかのパワースポットだと思ってます。ぜんぜんスピリチャルではなく、もっとモノリス的な威圧異物感ですかね。岡本太郎は縄文好きでもシンパシーを感じるし、色彩感覚や立体のゆがめ方など色々面白いですが、このでかい太陽の塔というのは、もうパブリックアートの範囲を超えて、呪いのようなものを感じます。
何度か万博記念公園には足を運んできましたが、そのたび、結界の中に足を踏み入れるような身震いする感覚を味わいます。なんなんだろう。なんか変でしょ、これ。でもずーっと40年も立ってるの。それ受け入れてるわれわれもなんか変ではないか。本当は取り除くべき異物なのかも知れないのに、もうそんなこと思えないくらい洗脳されてるのかも知れん。何に?それがわからんのだよ! という圧倒的存在感。
内部には三葉虫とか色々またあるらしく、今度内覧出来る際は絶対逃さないぞ。
でも私昔から、太古の深海生物に襲われる夢を良く見ているので、ちょっと怖いけど。
☆いろいろ楽しい事もしつつ気が付けば五月もずいぶん足突っ込んじゃったなぁ。
毎年暖かくなると冬の乾燥でヤラレタ肌の徹底手入れ月間を導入するのですが、今年は四月も寒かったので、連休あたりから取り組んでます。ボディ用の化粧水は沢山使うんでコストパフォーマンスを気にしちゃいますが、300mlで700円くらいの、尿素とグリセリン配合のものをテスト使用してみたら良い感じなので、たっぷり使ってます。小さな湿疹あととか消えてきたし、何よりさわり心地がいい。自分で肌をさすりまくる、自家中毒者のようなことになってます。不気味です。
しっかり手入れして、仕事も挑む姿勢じゃないと楽しくないもんね!って、すごい前向きに言ってみたりする。
に行って来ました。ずっと行こうと思ってて、GWで終わっちゃうと思って慌てたらまだまだやってるみたいですね!

独立行政法人なので、助成金、つまり税金がどういうことになっているのかは考えなきゃいけませんが、入場料200円で期待以上の展示内容でした。公園自体も沢山の人がフリマやお子さん連れのピクニックなど楽しんでいて、有効に活用されてる様子です。公園の入場料は250円。管理団体の行政法人が今後どうなるのか、独立採算ベースはどうなっているのかなぁ。一般に還元されないものに投入するくらいなら、ここはみんな楽しんでいるし、広くていい場所だから開放し続けて欲しいです。有効な税金の使い方ってもう、他人事じゃないですよね。
一方では文化事業費削減など、美術館・博物館・文化施設は相当厳しい状況に置かれてますが、そのぶん企画力や展示工夫、キュレーターイズムが発揮できるという意味では良いかもしれません。権威にたよってきた美術館が、パフォーマンスではなく内外から変革を求められて、タブローのすでに評価されてるものにおんぶにだっこ、ではなく、「価値を発見する」っていうありかたに変わっていたら、「巨匠の絵画展」という退屈さをぶちこわしていけるんではないでしょうか。
なぞ偉そうな事いってますが、十年以上にわたる古着マニアの私にとって、パビリオンのおねえさんの衣装はいちいち涎ものでした。ニューエイジ、ていうかそもそもマネキン自体がツィギー体型・・・・・・ドキッ。キャッツアイかルパン三世になって、まるごとかっさらいたいと思いました。保存状態良すぎっちゅうの。
他にも当時のポスターや、模型など盛りだくさんでナイスでしたよ。おすすめです!
久々の万博記念公園。カマンベールとルッコラと生ハムのサンドイッチなどつくり、天気の良い昼間、「ボトルから直接飲む」白ワイン。最高です。安いシャルドネ? まったく満足。ノーボディノープロブレムです。

そんな私を見下ろす太陽の塔。
怖すぎ。
パワースポットとか最近よく特集されてますけれども、私、この太陽の塔周辺、万博記念公園全体、いや、こいつが目に入るエリアすべてが、なんらかのパワースポットだと思ってます。ぜんぜんスピリチャルではなく、もっとモノリス的な威圧異物感ですかね。岡本太郎は縄文好きでもシンパシーを感じるし、色彩感覚や立体のゆがめ方など色々面白いですが、このでかい太陽の塔というのは、もうパブリックアートの範囲を超えて、呪いのようなものを感じます。
何度か万博記念公園には足を運んできましたが、そのたび、結界の中に足を踏み入れるような身震いする感覚を味わいます。なんなんだろう。なんか変でしょ、これ。でもずーっと40年も立ってるの。それ受け入れてるわれわれもなんか変ではないか。本当は取り除くべき異物なのかも知れないのに、もうそんなこと思えないくらい洗脳されてるのかも知れん。何に?それがわからんのだよ! という圧倒的存在感。
内部には三葉虫とか色々またあるらしく、今度内覧出来る際は絶対逃さないぞ。
でも私昔から、太古の深海生物に襲われる夢を良く見ているので、ちょっと怖いけど。
☆いろいろ楽しい事もしつつ気が付けば五月もずいぶん足突っ込んじゃったなぁ。
毎年暖かくなると冬の乾燥でヤラレタ肌の徹底手入れ月間を導入するのですが、今年は四月も寒かったので、連休あたりから取り組んでます。ボディ用の化粧水は沢山使うんでコストパフォーマンスを気にしちゃいますが、300mlで700円くらいの、尿素とグリセリン配合のものをテスト使用してみたら良い感じなので、たっぷり使ってます。小さな湿疹あととか消えてきたし、何よりさわり心地がいい。自分で肌をさすりまくる、自家中毒者のようなことになってます。不気味です。
しっかり手入れして、仕事も挑む姿勢じゃないと楽しくないもんね!って、すごい前向きに言ってみたりする。
2010年4月26日月曜日
この葉、のおくりもの。
以前働いていた仕事先で、美術評論ぽい文章、を書く際に、上司から提示された要求が「これまでその絵なり立体なり音楽なり映像なり、に、触れたことのない人に伝える文章を」という事だった。
私は人に物事を説明するのがとても上手くいく時と、いかない時の差がはげしくて、プライベートな事にせよ、一般的な事象にせよ、強く思いこんでいなければ何も語れない、とどこかで思っていた。だから「今このこと」が嵐のようなときには語れずに、三年位してやっと、いったいそれが何だったのかを語るときがあります。でもそれはきっと、「あの時」の「ほんとう」からはかけ離れてしまっていて、人生の中での「あのとき」をなんとか着地させるためにみだりに言葉を費やしている感じがして、だから私はいつもどこかで嘘をついているなぁ、と、とてもとてもおこがましいけれど諦観のようなものがチクリと刺さっていた。同時に「ほんとう」というものがいったいどう「ほんとう」なんだろう、と考えたりもしていた。
言葉っていうのは、美しく、厄介で、怖くて、どこか言葉で語ること、説明する事に、懐疑とか限界を感じ、言葉では語れないものがあると痛感し、だから説明ではない表現を求めている部分がある、ように思う。表現が説明ではない事、ましてや説得やオルグなどでは決してありえない事は、確かであり、だから豊かなんだとも思う。
でも、「触れたことのない人に伝える文章」といったふうに具体的に提示された時、私は自分がとても好きな美術作品の事をいくつか書いていて、私がそれを「好き」ということはずっと奥のほうに、底に漂っているけれども、やはりそれはその作品を見たことのない人、もっと言えば、見たことがあるにせよ少なくとも私ではないことは確かな誰か、を、誰かが具体的ではないままに、想定し、想像し、限界はあるけれどその誰かの心の想像力に少しでも触れるように、と試行錯誤して言葉を紡いだ。
それが良い文章だったのかは私が決めることではないし、その作品に興味を抱いてくれたのだったら本当に良かったし、何よりも、他者を想定して書くというやり方の難しさや必要性を教わった気がしている。
だから、そんな提示をしてくれた上司には、今でも感謝している。
今は沢山沢山、レビューや書評や感想があって、自分が直接触れることのできる限界を超えているけれども、そんな風に他者を想定して書かれたものに出会うと、何だか暖かく感じる。
私は自分があまり評論に向いていないな、と思う。だから評論というやり方でそういう文章を書くことはやめてしまったけれど、それでも私がこんな風に書いている、小さなブログ一つにしても、誰かに、何かを、言葉なのだけれども言葉以上の何かを、投げかけたり感じさせたりしているかもしれない。想像、というものはすることもされることも、本来とても優しくて、暖かいものだと思う。
それはものすごく特別な事でも稀有な事でも個性的なことでもなく、なにか人を感心させる価値があることでもなく、というかそれを決めるのは自分ではない、と繰り返してしまう。
何年か、書く言葉ではなく会話を重視して繰り返し繰り返し、しつこく語り合ってきて、伝わったり伝わらなかったり、それは宝箱のような時間だった。その全て、と言うのは欺瞞かも知れないけれど、やはりとても愛している。言葉を感覚と時間の流れに放り込んで、目の前にいる人達と沢山、その空気ごとを味わうような時間だったから。
その時間の中で書いてきた日記、ネット上で限られた友人や繋がりのある人に公開していた日記と、ノートに書きなぐっていた日記を読み返していると、「学び」という部分で論理的であろうとする分、奔放に無秩序に、感覚だけを享受し言葉を紡いでいたのだな、と改めて思った。私は自己批判的な性格が根っこで強いのだけれど、それは同時にナルシスティックでもあり、自己陶酔的でもあるということだ。そんなものだけの発露。それに対する醒めた自分の目、突っ込みを入れるもう一人の他人がいつも自分の中にいる、という。
そんな感覚と、上司から提示された種類の文章のありかた、そういう様々なことを思い返したり、「いまこの時」をそれによって照射したりしてみると、やはり私は書く言葉を、選ぼうとしたにもかかわらず、どこかで放棄していたように思う。
小説や創作はニュアンスの積み重ねでもあるけれど、論理の構築でもあって、言葉との蜜月的な関係を甘く甘く味わうだけではいられない。何より人に伝えようとすれば、自分を掘ってしまえば、すごく辛くなったりする。でもそれを「辛いですよ」と感覚的に言うことが、つまり、放棄のひとつなんだ、と思う。そんなのやっぱり、無責任だ。私は無責任だからしょうがない、といってみたところで、それでいい、ということじゃない。
今こういうふうに始めたブログは、…これは言うべき事じゃないのかもしれないけれど、すごく迷ったけれども、読んでくれている人に誠実でありたかったので、書くことにしました。
実は一人の人に向けて、伝えたかった、というのが一番最初の動機でした。
語っても語っても、どれだけ時間を共有しても、それでも伝えられなくて、他に方法を考え付かなかった。でも、それをこんな風な形で他の方たちにも読んでもらったり、それまで知らなかった方からメールを頂いたりするようなやり方でしてしまうことは、なんだか違うような気がしていました。
色々なことがある現実の生活と沿うような感じでずっと考えながらいて、やはり、違うな、と思います。その「違う」の半分くらいは、個人的な「伝えたい気持ち」を動機にしている、という事だけれども、それ以上に重要な「違う」はそれでもとった方法である、言葉を紡ぐ、という事に対する真摯さをどこかで放棄していた、という事です。
私は、言葉というものを愛しています。それによって喜んだり悲しんだり、妄想したり誤解したり、とても厄介なツールだけれども、言葉が、あんな小さな文字の組み合わせなのにも関わらず、うんしょ、と付随する物事を背負って現れてくれて、それによって救われてきたことも沢山あったのだから。だからたった一言の「言う」も「書く」も、大事にしたいと思いました。そしてたった一人に向けて始めたのだとしても、広がっていく他の人に対する繋がりや感謝を、放棄しちゃいけないと。
私の生きる速度にスピード感がないということ、だから自分の押したタイマーに追いつくために沢山言葉を無駄にしてしまう癖、日常の楽しい事や具体的な情報を提示するんではなく、観念的な事を取りとめもなくつらねてしまう癖、というのはある。あるし、それはブログ、という形態には向いていないかもしれないと思う。
それは正直わからないです。でもやってみて、違うと思う部分がある限り、変えていったりしようと思うし、変わっていくのだと思う。放棄した変わり方に関しては、もうしたくないと思う。
ネットという媒体に関わり始めたとき、それまでみんながリアルな場面で語り合わないような類の事を語り合い始めていて、これで少し楽になったり風が通ったりするんだろうな、と直感的に思った。それから随分時間が経って、中傷や攻撃や依存という弊害を経て、木の枝の先が細かく細かく広がっていく媒体へと成長した今、その先でぽそりとひらいた葉に感謝したいと思う。そうして、私もその小さな葉の一つとして、社会、というようなものと関わっているのだという感覚にも。少しずつ、変わっていく時代の真ん中にいるんだという実感、色々な分野の表現方法も変わり始めている。それらにどう向き合うか、やはり楽しんでいきたいと思う。変わる方向は様々だけれど、出来うる限り真摯でいたい。押し流されるのではなく。
このツールを使っていることで、少し前から、本来だったら再会できなかったかも知れない友達に沢山、また会うことが出来た。皆それぞれに葉を持っていて、お母さんになっていたりしている人もいて、日々の生活の、子育てのいっかん、そういったものに触れられて、とても感謝しています。
私は人に物事を説明するのがとても上手くいく時と、いかない時の差がはげしくて、プライベートな事にせよ、一般的な事象にせよ、強く思いこんでいなければ何も語れない、とどこかで思っていた。だから「今このこと」が嵐のようなときには語れずに、三年位してやっと、いったいそれが何だったのかを語るときがあります。でもそれはきっと、「あの時」の「ほんとう」からはかけ離れてしまっていて、人生の中での「あのとき」をなんとか着地させるためにみだりに言葉を費やしている感じがして、だから私はいつもどこかで嘘をついているなぁ、と、とてもとてもおこがましいけれど諦観のようなものがチクリと刺さっていた。同時に「ほんとう」というものがいったいどう「ほんとう」なんだろう、と考えたりもしていた。
言葉っていうのは、美しく、厄介で、怖くて、どこか言葉で語ること、説明する事に、懐疑とか限界を感じ、言葉では語れないものがあると痛感し、だから説明ではない表現を求めている部分がある、ように思う。表現が説明ではない事、ましてや説得やオルグなどでは決してありえない事は、確かであり、だから豊かなんだとも思う。
でも、「触れたことのない人に伝える文章」といったふうに具体的に提示された時、私は自分がとても好きな美術作品の事をいくつか書いていて、私がそれを「好き」ということはずっと奥のほうに、底に漂っているけれども、やはりそれはその作品を見たことのない人、もっと言えば、見たことがあるにせよ少なくとも私ではないことは確かな誰か、を、誰かが具体的ではないままに、想定し、想像し、限界はあるけれどその誰かの心の想像力に少しでも触れるように、と試行錯誤して言葉を紡いだ。
それが良い文章だったのかは私が決めることではないし、その作品に興味を抱いてくれたのだったら本当に良かったし、何よりも、他者を想定して書くというやり方の難しさや必要性を教わった気がしている。
だから、そんな提示をしてくれた上司には、今でも感謝している。
今は沢山沢山、レビューや書評や感想があって、自分が直接触れることのできる限界を超えているけれども、そんな風に他者を想定して書かれたものに出会うと、何だか暖かく感じる。
私は自分があまり評論に向いていないな、と思う。だから評論というやり方でそういう文章を書くことはやめてしまったけれど、それでも私がこんな風に書いている、小さなブログ一つにしても、誰かに、何かを、言葉なのだけれども言葉以上の何かを、投げかけたり感じさせたりしているかもしれない。想像、というものはすることもされることも、本来とても優しくて、暖かいものだと思う。
それはものすごく特別な事でも稀有な事でも個性的なことでもなく、なにか人を感心させる価値があることでもなく、というかそれを決めるのは自分ではない、と繰り返してしまう。
何年か、書く言葉ではなく会話を重視して繰り返し繰り返し、しつこく語り合ってきて、伝わったり伝わらなかったり、それは宝箱のような時間だった。その全て、と言うのは欺瞞かも知れないけれど、やはりとても愛している。言葉を感覚と時間の流れに放り込んで、目の前にいる人達と沢山、その空気ごとを味わうような時間だったから。
その時間の中で書いてきた日記、ネット上で限られた友人や繋がりのある人に公開していた日記と、ノートに書きなぐっていた日記を読み返していると、「学び」という部分で論理的であろうとする分、奔放に無秩序に、感覚だけを享受し言葉を紡いでいたのだな、と改めて思った。私は自己批判的な性格が根っこで強いのだけれど、それは同時にナルシスティックでもあり、自己陶酔的でもあるということだ。そんなものだけの発露。それに対する醒めた自分の目、突っ込みを入れるもう一人の他人がいつも自分の中にいる、という。
そんな感覚と、上司から提示された種類の文章のありかた、そういう様々なことを思い返したり、「いまこの時」をそれによって照射したりしてみると、やはり私は書く言葉を、選ぼうとしたにもかかわらず、どこかで放棄していたように思う。
小説や創作はニュアンスの積み重ねでもあるけれど、論理の構築でもあって、言葉との蜜月的な関係を甘く甘く味わうだけではいられない。何より人に伝えようとすれば、自分を掘ってしまえば、すごく辛くなったりする。でもそれを「辛いですよ」と感覚的に言うことが、つまり、放棄のひとつなんだ、と思う。そんなのやっぱり、無責任だ。私は無責任だからしょうがない、といってみたところで、それでいい、ということじゃない。
今こういうふうに始めたブログは、…これは言うべき事じゃないのかもしれないけれど、すごく迷ったけれども、読んでくれている人に誠実でありたかったので、書くことにしました。
実は一人の人に向けて、伝えたかった、というのが一番最初の動機でした。
語っても語っても、どれだけ時間を共有しても、それでも伝えられなくて、他に方法を考え付かなかった。でも、それをこんな風な形で他の方たちにも読んでもらったり、それまで知らなかった方からメールを頂いたりするようなやり方でしてしまうことは、なんだか違うような気がしていました。
色々なことがある現実の生活と沿うような感じでずっと考えながらいて、やはり、違うな、と思います。その「違う」の半分くらいは、個人的な「伝えたい気持ち」を動機にしている、という事だけれども、それ以上に重要な「違う」はそれでもとった方法である、言葉を紡ぐ、という事に対する真摯さをどこかで放棄していた、という事です。
私は、言葉というものを愛しています。それによって喜んだり悲しんだり、妄想したり誤解したり、とても厄介なツールだけれども、言葉が、あんな小さな文字の組み合わせなのにも関わらず、うんしょ、と付随する物事を背負って現れてくれて、それによって救われてきたことも沢山あったのだから。だからたった一言の「言う」も「書く」も、大事にしたいと思いました。そしてたった一人に向けて始めたのだとしても、広がっていく他の人に対する繋がりや感謝を、放棄しちゃいけないと。
私の生きる速度にスピード感がないということ、だから自分の押したタイマーに追いつくために沢山言葉を無駄にしてしまう癖、日常の楽しい事や具体的な情報を提示するんではなく、観念的な事を取りとめもなくつらねてしまう癖、というのはある。あるし、それはブログ、という形態には向いていないかもしれないと思う。
それは正直わからないです。でもやってみて、違うと思う部分がある限り、変えていったりしようと思うし、変わっていくのだと思う。放棄した変わり方に関しては、もうしたくないと思う。
ネットという媒体に関わり始めたとき、それまでみんながリアルな場面で語り合わないような類の事を語り合い始めていて、これで少し楽になったり風が通ったりするんだろうな、と直感的に思った。それから随分時間が経って、中傷や攻撃や依存という弊害を経て、木の枝の先が細かく細かく広がっていく媒体へと成長した今、その先でぽそりとひらいた葉に感謝したいと思う。そうして、私もその小さな葉の一つとして、社会、というようなものと関わっているのだという感覚にも。少しずつ、変わっていく時代の真ん中にいるんだという実感、色々な分野の表現方法も変わり始めている。それらにどう向き合うか、やはり楽しんでいきたいと思う。変わる方向は様々だけれど、出来うる限り真摯でいたい。押し流されるのではなく。
このツールを使っていることで、少し前から、本来だったら再会できなかったかも知れない友達に沢山、また会うことが出来た。皆それぞれに葉を持っていて、お母さんになっていたりしている人もいて、日々の生活の、子育てのいっかん、そういったものに触れられて、とても感謝しています。
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