「出産方面」: 引越し・アマレット・ポジティブ

2011年2月24日木曜日

引越し・アマレット・ポジティブ

笙野頼子の『居場所もなかった』(講談社 1993)は引越し小説です。

鳥はいいなあ、住民票がいらない。(P11)

というように、作家という社会的には「なにをやっているのかよくわからない」つまりは所得証明とか屋号とかね、色々会社勤めとは異なるかたちで「何者なのかはっきりさせねばならない」作者の、住む場所探しにまつわるお話ですが、いつもどおり怒ってます。

作者の他作品における怒りや、男性社会云々についてはちょっとつっこむ体力が私、ないです。ただ「住む場所探し」と「何者か」問題に関しては、大いに興味があるところ。切実だという点でもね。学校、とか、会社、という属性をなくすと世の中は思った以上にメンドクサイです。

私も十代の頃から「住む場所探し」においては「何者か」を説明する用意をしなければならなかったのですが、「なんとかする」っていうのが生きるって事にはふんだんに含まれている。現実に対する不満と共に「なんとかする」を並行に進めてく。そんなよくある学びの洗礼をうけた程度の話です。

この小説の面白さは「なんとかする」をしようとする中での怒りが、作品に昇華する醍醐味です。ぱらぱらと読み返してみました。

暴走族やトラックの騒音に対する怒りボルテージ。騒音とは、騒音を出す側がこちらの拒否を押してでも関わりたいという意思表示ではないかとし、「暴走族の愛だ。ライフルの愛でこたえてあげなくてはならないのか・・・・・・」と、相手を打ち落とす妄想をする。(大意)
そんな描写があるのですが、怒りを愛と変換するという怒りの大きさ。

私はさ、なんだかこの怒りと寂しさに共感しきる事も同情する事も笑う事もできず、ただ一人の部屋で煩悶する女の姿を思うとページをめくる手が止まらなかったです。読むっていうのはなんてこと、読んでいる自分のイヤラシさや残酷さを感じもするけど、まあそれは別の話。

他にもさまざま、「何者なのかよくわからない」立場の人間が住処をさがすときのタイヘンさと怒りボルテージが細部にわたり書き込まれています。
大家との面接審査に際し「適した」服装を不動産屋から提案されたり、イギリスでは無職が一番尊敬されるとか嫌味を言われたり、才能があって素晴らしいことですが家賃がとぎれたらどうするの、そもそも暗い人は大家に好かれない、暗くて芯が強いなんて最悪で交渉すらできない、などなど、部屋ひとつ借りるのでここまでの人権侵害。

酷いよね。沢山の人が怒りを感じるのは無理もない。
でもさ、怒って変わる物事って実はそもそも脆弱なのかもしれない。

確かに属性がないのはメンドクサイ。でもそれを要請され「なんとかする」を繰り返してみて、私は本当に属性がないのかしら、と思った。ていうか、自分はどこにも属していない=「居場所がない」のはそうなんだけど、それ嘆いていてもしょうがない。だってあらゆるメンドクサさのうちの一つを引き受けてるわけなんだから。で、会社とか学校という類の属性はないわけなんだけど、もういいや、属性がないことに固執するのもバカらしいし、なんらか通用する属性を作っちゃえ。それを名刺のように提示する。それくらいの虚実の不条理さに耐える程度には自分を鍛えねばと思った。
そうして虚言のような戯言のようなぺらぺらの紙をふりかざして、切り抜けてみて、別にそれだって私の属性の一つではないのか、と。
それにさ。
問題は、属性なんかじゃない。
「居場所もなかった」というのはそんな紙の切れ端のようなもんでどうにかなる感覚ではないのだから。

なんて、随分前に読んだ本の話をしているのはですね。
私がまたもや、引越し、をするからであります。
京都在住十年目にして、七回目。頭おかしいですね。しかも現在色々重なってて忙しい時期なのですが、もう引越しっていうのは私にとって、メンドクサイを通り過ぎた何かになっているのでしょう。人生においてはトータルで何回しているのか数えたくもありません。

でも今回引越しをするのは、「もうしばらく引越しなんかしない」為、なのかも知れません。
「居場所もなかった」と「属性」と「住む」というテーマは今ぐるりと巡って、一つの束になろうとしています。
まぁ引越し好きの物件マニア、交渉マニアであるのは事実で、次回はも少し軽い感じで、「京都物件事情」「デザイン?オア習慣?」「シェア?オア共同生活?」「住まうという運動(←確かなんかのパクリ)」「私の引越しサーガ(そんなこと知りたい人いるか疑問)」などといった内容について書こうと思っています。こんなタイトルだけなら、湖の底から出てきた奴が銀の斧を大量に投げつけるがごとく湧いてきます。

ともあれ。
メンドクサイ手続きをしつつ、居場所なんて、居場所なんて、見つけるし作るんだもん。

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